外国人旅行者の訪日旅行スタイルの変化
時代の進展に伴い、外国人旅行者の旅行スタイルについても変化が見え始めている。
① 大型バスで周遊する団体パッケージツアーに加え、旅行者が自分の興味に基づいてツアーを個別に設定する「個人旅行」へスタイルが多様化し始めて
おり、その傾向は年々強まりを見せている。
例えば、お茶やお花等の日本文化体験、すし等の料理体験、侍・忍者体験、または富士山登山のような自然体験等、物見遊山的に見学するだけでなく、自らが体験する「体験型観光」のツアーが人気を集めている。
また、秋葉原やアニメ・マンガのようなポップカルチャー、産業観光や現代建築のような専門的な分野等をテーマとしたツアーも増加傾向にある。
② 一方で、近年、アジア圏からの観光客が激増している。現在、訪日外国人旅行者を出身地域別にみると、韓国・中国・香港・台湾からの旅行者が全体の7割を占 め、その人数は500万人を超えている。中国の観光ビザの要件も段階的に緩和がされており、アジア圏からの旅行者の増加は今後も勢いを増すことが予想され る。
③ さらに、地方部を訪問する外国人旅行者も増加している。外国人旅行者の訪問先について、以前は、いわゆる「ゴールデンルート」と呼ばれる「東京-箱根-京 都-大阪」をめぐるツアーが大半であった。しかしながら、現在においては、飛騨高山や高野山等の世界遺産やミシュランガイドに登録されている観光地への訪 問や、温泉や雄大な自然が魅力の北海道や九州等、東京や大阪に飽き足らない新たな日本の魅力を求める旅行者の動きも顕著になっている。
通訳案内士制度の変革の必要性とその視点
多様化する外国人ニーズへの対応
このように、訪日外国人旅行者の旅行スタイルが多様化した結果、現状の通訳案内士だけでは対応できないガイドのニーズが顕在化している。さらなるインバウ ンド拡大を図るためには、多様化する外国人旅行者ニーズに柔軟に対応できるよう、顧客である「外国人旅行者」の視点から制度の見直しを行うことが重要であ る。
① まず、侍・忍者体験、生け花・茶の湯体験、すし握り体験、富士山登山、秋葉原ツアーなどの体験型観光や専門的なテーマに関する観光を行う旅行者に対して、 彼らの興味や知的好奇心に対応できるガイドが必要となっている。これらの旅行者の個別興味は更に多様化することが想定され、その動きに柔軟に対応できる体 制が求められている。
② また、現行の通訳案内士のサービス形態では1時間や2時間の短時間のガイディングや観光案内に限らない買物の付き添い等に十分な対応ができておらず、旅行者のニーズにあわせたガイドサービス体系の再構築が求められている。
③ 次に、現在訪日外国人旅行者の7割以上がアジア圏からの旅行者であるが、
中国語及び韓国語の通訳案内士は通訳案内士全体の2割にも満たず、訪日旅行者のガイド需要とガイド供給量に大きなギャップが生じており、このギャップを埋める体制の整備が必要である。
また、アジア圏からの訪日ツアーは低価格で、温泉、ショッピング、食事を楽しむようなものが主流となっている。これらのツアーに対しては、当該ツアーの催 行に必要最低限のガイド行為で十分であるとの指摘もある。さらに、アジア圏からの訪日ツアーについては、旅行者と同じ出身で国民性や地域性を理解したガイ ドの活用を望む声も多く寄せられている。
④ 通訳案内士の登録者の約7割は東京、大阪等の都市部に集中している。そのため、最近外国人旅行者が集まるようになった北海道や九州、飛騨高山や高野山等の地域では、地元の通訳案内士が少なく、十分な受入体制が整えられていないといった問題も生じている。
また、地域のことをよく理解したガイドに案内してほしいと考える地域が増えている。地域のニーズに合った通訳案内士の輩出のため、平成19年度より都道府 県単位の業務独占資格である「地域限定通訳案内士」制度が導入されているが、外国人旅行者ニーズに柔軟に対応できる地域ガイドの育成のためには、ガイドの 活動範囲を都道府県単位に限らず、広域ブロック単位や市町村単位、観光施設単位等、外国人旅行者の訪問状況や個別のニーズに合わせて、地域が自由にガイド による受入体制を構築できる制度への変革を求める声も強い。
通訳案内士の質の向上
満足度の高い訪日旅行の実現のためには、VIPや富裕層への案内や全国区域にまたがるツアーへの対応など高いスキルと深い知識を必要とする高付加価値のガイドサービスの提供を実現できるガイドを準備することが必要である。
相応の技術が必要とされるようなガイドサービスの提供をはじめ、質の高いガイディングを通じて日本の良さを伝える通訳案内士の役割は引き続き重要であるこ とは言うまでもない。今後とも、国が品質を保証するガイドとして、その育成及び質の維持・向上について、更なる取組みを行うことが求められる。
その一方で、通訳案内士の就業状況については、年収100万円未満の者が6割以上、また年間稼働日数30日以下の者が5割以上おり、資格を取得したとして も専業で生計を立てることは難しいとの指摘がある。通訳案内士資格取得者には、通訳案内業務のみで生計を立てることを目的としていない者も含まれている が、就労意欲のある者に対して十分な仕事が確保されていない状況があるとすれば、そこにはガイド側が提供するサービスと外国人旅行者側のニーズとの乖離が あると考えられる。
高度なスキルを持った通訳案内士が外国人旅行者のニーズを踏まえたガイドサービスを提供し、今後も旅行会社等において活用されるよう、その活用方策については通訳案内士と旅行会社等が協力して具体的な検討を行うことが必要である。
新しい通訳案内士制度のイメージ
訪日外国客3000万人の目標を達成するためには、高いスキルと深い知識により外国客をもてなすことができる通訳案内士が今後も引き続き重要な役割を担っ ていくことが必要である。しかしながら、一方で、増大する訪日外国人旅行者の多様なニーズに柔軟に対応するためには、それぞれのニーズに対応した多様なガ イドサービスが各地において提供されることが重要であり、こうした環境を実現するためには通訳案内士以外の主体にもサービスの提供を認めることが不可欠と なってきている。すなわち、通訳案内士と通訳案内士以外のガイドが連携することによって、あらゆる外国人旅行者のガイド需要に対して良質なガイドサービス 提供できる体制の構築が必要となっている。
この方向性を踏まえ、通訳案内士を業務独占資格から名称独占資格に移行し、通訳案内士の育成は国が引き続き行うものの、通訳案内士以外の者にも一定の資質管理のもとで、有償での通訳ガイドを認めることとすべきである。
また、通訳案内士の質の向上により高付加価値の通訳案内サービスを充実させるとともに、通訳案内士が活躍できる環境を整備することも重要であることから、 通訳案内士の活用方策については更なる検討が必要である。また、通訳案内士以外のガイドについても、その資質の管理方法について引き続き検討が必要であ る。
このため、これらをはじめとする懸念される論点について引き続き検討を行いつつ、新しい通訳案内士制度を構築すべきである。
通訳案内士
通訳案内士は、全国区域にまたがる団体ツアーから少人数の極め細やかな顧客の要望に対応したツアーまで高度な技術を持って対応する、まさにインバウンド促 進のために今後も重要な役割を担うものである。外国人旅行者に質の高いガイドサービスを提供する体制を整備するために、国として引き続き高度な資質をもっ た通訳案内士の育成が必要である。
また、良質な訪日旅行の提供を図る観点から、ガイドの資質に関する情報を利用者側が入手でき、質と料金を考慮した上でガイドサービスを選択できるガイド マーケットの整備も必要である。そのため、通訳案内士を「名称独占資格」とし、国が資質についてお墨付きを与えた国家認定ガイドとしての立場を明示化し、 その他のガイドとの差別化を図ることが適当である。
(参考1)
名称独占資格とは、一定の政策目標を達成するために、その知識や能力を持った資格者を認め、他者との差別化を図るために設ける資格である。例えば介護福祉士、保育士、調理師などが現行の名称独占資格として存在する。
一方、業務独占資格は、国民の権利・生命・重要な財産の保護等を行うために設ける資格であり、例えば医師、公認会計士、弁護士等が挙げられる。
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海外のガイド制度については、国によって様々な形がある。
例えば中国のように同じ業務独占制度でもグレード別にガイド資格があり、ガイド個々人の資質管理について国が深く関与している厳しい業務独占制度を採用している国や、韓国のように日本の通訳案内士制度と同様に観光案内一般について業務独占制度を設けている国がある。
欧米主要国は、同じガイドの業務独占制度であったとしても、国自らがガイドに求められる知識を定め、試験の実施、資質の確保等を行っている例はない。例え ば、イタリアでは全国レベルの統一的な資格はおかず、各州で資格取得方法や運用方法等を自主的に定める地域主権型の業務独占制度を採用している。また、フ ランスでは自国文化の正確な説明のために、決められた観光施設内では一定の大学のコースを修了したガイドの使用を義務付けている。
一方、アメリカやオーストラリアでは、国によるガイド制度はない。
また、折衷的なものとして、イギリスやドイツでは、政府機関と民間が共同で任意の認定資格を設置し、ガイドの育成については官民で統一的に実施している。 しかし、ガイドの活用については、民間等が自主的にガイドルールを策定して対応しており、官民の適切な協力関係のもとガイドの育成・活用を行っている。
新しい通訳案内士制度の構築においては、以下の点に留意して制度設計を行う必要がある。
① 現在の通訳案内士試験では、筆記試験、口述試験のいずれにおいても、日本地理や日本文化に関する「知識」を問う問題が多く、添乗に関する知識や接遇やコミュニケーション能力等の実践的なガイドスキルについて、試験の中でほとんど審査されていない。
このため、今回の制度改正においては、旅程の管理やガイドスキル等の現場で求められる能力も試験で審査対象とすることとし、実践的な能力をもったガイドを輩出する通訳案内士試験に改める方向で見直すことが適当である。
② 通訳案内士は引き続き重要な役割を担う必要があることから、観光業界や国が連携して、職の魅力向上策や需給のマッチング促進、流通経路整備などの活用方策を講じていくことが必要である。
これらの課題への対応については、通訳案内士団体と旅行業界で構成する議論の場を設置し、実効的な方策の検討について今後議論を重ねていくことが適当である。
③ 訪日外国人旅行者の中には、日本人ではなく旅行者と同じ出身地域のガイドを希望するニーズもあり、日本人の通訳案内士を補完する外国人の通訳案内士も海外 試験の実施等を通じて引き続き輩出する必要がある。ただし、現行の通訳案内士試験ではガイド業務に不要な日本語能力が問われている等外国人受験者を適切に 評価できていない面があるとの指摘がある。このため、外国人受験者も適切に評価できるよう必要な点については試験方法を改善すべきである。その際、ガイ ディングに必要な能力は日本人・外国人を問わず共通であることから、試験評価における二重基準を設けるべきではない。
また、非国内在住者の登録が進まない理由として、日本在住の代理人の設置が困難との指摘がされていることから、代理人要件の緩和等の改善策について検討を行う。
④ 地域限定通訳案内士制度については、実施している6道県の意向も踏まえ、引き続き検討を行う。
(2)通訳案内士以外のガイド
多様な外国人旅行者ニーズにより的確かつ柔軟に応えられるようにするため、通訳案内士を補完する役割を担うものとして、通訳案内士資格を取得していない者についても、その資質管理を行ったうえで、ガイド業務を認めることが適当である。
そのためには、国と地方自治体等が適切に役割分担を行ったうえで、通訳案内士以外の通訳ガイド(以下、「新ガイド」という)を育成・活用することが必要である。
具体的には、国は新ガイド育成に関する基本的な事項を定めたガイドラインを策定する等の新ガイドの育成・活用に関する基本的な方針を打ち出す役割を担い、 地方自治体等は、国のガイドラインを踏まえながら、自らの責任で、外国人旅行者ニーズに対応した新ガイドを育成・認定・活用していくことが適当である。
新ガイド制度の構築においては、以下の点に留意して制度設計を行う必要がある。
① 新ガイドについては、通訳案内士法において、通訳案内士以外にインバウンド推進のための接遇向上を担う者として位置付ける等の措置を講ずるべきである。
② 新ガイドのうち、地域の案内を行う「地域ガイド」については、地方自治体や地域の観光団体、広域観光主体等地域の責任において育成・認定・活用を行うことが適当である。
地域(研修主体)は研修ガイドラインに基づき、必要に応じて地域独自の研修内容を考慮した形でガイド研修等を実施し、研修修了者には地域(研修主体)がガ イドの認定を行うべきである。研修等の実施については、地域の観光関係者や大学・専門学校等の人材育成機関、エコツーリズム協会等の専門分野の団体、地域 の通訳案内士等と協力しながら行うことが適当である。
また、地域の条例や要綱等で、地域でのガイド活用に関するルールを設置すること(決められた観光施設での通訳案内士及び認定地域ガイドの活用義務等)も望ましい。
③ 「地域ガイド」以外の新ガイドについては、主に旅行会社や業界団体等民間主体が責任を持って育成を行うことが適当である。
研修等の実施については、業界関係者や大学・専門学校等の人材育成機関、各分野の専門家、通訳案内士等とも連携をしながら行うことが必要である。
なお、質の高い通訳案内士の継続的供給という観点からは、ガイド経験を積んだ新ガイドが、通訳案内士の資格を取得して自らの地位向上を図ることが適当である。
新しい通訳案内士制度の効果
新しい通訳案内士制度では、高度な技術や知識を持って旅行者をもてなす通訳案内士と、旅行者ニーズに柔軟に対応できる新ガイドの2層ガイド体制を構築すべきである。
通訳案内士については外国人旅行者のニーズを踏まえたより質の高いガイドの輩出が進み、新ガイドについては、通訳案内士を補完する形で、外国人旅行者の極 め細やかなニーズに柔軟に対応できるガイドの輩出が期待される。これにより、外国人旅行者のあらゆるニーズに対応した魅力的な訪日観光が提供でき、旅行満 足度の向上、リピーター及び新規需要の創出につながる。
地域が育成する新ガイドについては、地域の外国人の受入体制の整備及び地域の雇用創出に貢献できる。また、民間主体が育成する新ガイドについては、新規事業開拓の可能性をも開き、観光産業の更なる活性化が期待される。
悪質ガイド行為への対応について
インバウンドの拡大のためには、良質な訪日観光が催行されることが重要である。しかしながら、土産物屋で高額商品を強制的に販売する等の詐欺まがいの商売 を行う悪質なガイド行為が行われているとの情報があり、このような悪質なガイド行為は日本のインバウンド推進において問題である。
これについては、政府としても適切に対応する必要があることから、観光庁では平成22年5月1日より訪日ツアーに対する苦情を受け付ける「訪日ツアー改善 提案窓口」を観光庁の簡体字HP上に設置した。観光庁は、当該窓口に寄せられた問題行為に関する情報を収集し、必要に応じて、当該ツアーを企画した旅行会 社等に指導や注意喚起を行うこととしている。今後は、窓口の運用状況を確認しながら、問題点等があれば随時改善を行うことが適当である。
今後検討していくべき論点
今回は、新しい通訳案内士制度の基本的な方向性を整理したが、通訳案内士の登録制度、試験制度、更新制度、活用方策、新ガイド研修ガイドラインの作成等、残された論点については、引き続き検討会の場において議論を行うことが適当である。
www.mlit.go.jp/common/000122175.pdf 觀光廳發表全稿內容網址